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COLUMN / 保険との違い

認知症で起きる「悪意なき」契約トラブル——設備破損・支払い忘れ

執筆・監修

羽田 圭佑(株式会社LAST SOLUTIONS 代表取締役)
損害保険会社の損害サービス部門で事故対応と保険金の支払査定に従事したのち、保険代理店営業として引受時のリスク審査と契約設計に携わる。執筆者について

認知症の入居者が、居室の設備を壊してしまう。利用料の支払いを忘れる。他の入居者との間でトラブルになる。介護の現場では珍しくない出来事ですが、これらには共通した難しさがあります。本人に「悪意」がないことです。わざとやったわけではない——だからこそ、施設は損害をどう扱えばよいのか、誰に請求すればよいのか、判断に迷うことになります。

結論から言えば、認知症による「悪意なき」トラブルは、本人に責任を問いにくいぶん、施設が損害を回収しづらいという構造を抱えています。そして、その備えは「保険で拾えるもの」と「拾えないもの」を分けて考える必要があります。本記事は、住宅型有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅の運営者に向けて、悪意なきトラブルの典型、回収が難しい法的な理由、そして設備破損(賠償)は保険で・支払い忘れ(未収)は保証で、とリスクの性質ごとに備えを分ける考え方を整理します。なお、法的な扱いは個別事情により異なるため、具体的な対応は専門家にご確認ください。

この記事の要点(3行まとめ)

  • 難しさ:認知症で責任能力を欠くと本人に賠償を問いにくく、家族(監督義務者)の責任も限定的に解されることがある。
  • 保険の線引き:設備破損など第三者・物への賠償は保険で拾える余地。だが利用料の支払い忘れ=未収は保険では拾えない
  • 備え方:賠償は保険、支払いは保証——リスクの性質ごとに分けて備えるのが確実。

① 「悪意なき」トラブルの典型

まず、認知症にともなって起こりやすい「悪意なき」トラブルを整理します。共通するのは、本人に加害や不払いの意図がないのに、結果として施設や他者に損害・支障が生じる点です。

表:認知症で起きやすい「悪意なき」トラブルの例
類型具体例
設備・備品の破損ドア・家具・共用設備を壊す、水を出しっぱなしにして階下に被害
支払いの問題利用料の払い忘れ、口座管理ができなくなる、二重払い・未入金
対人トラブル他の入居者との言い争い・接触、職員への抵抗
行動リスク徘徊・外出、持ち物の紛失、契約内容の失念

これらは、認知症の症状として起こる自然な出来事であり、本人を責めることはできません。しかし施設からすると、修繕費や未収という現実の損害・コストは発生してしまう。「本人に悪意はない、でも損害は残る」——この非対称が、悪意なきトラブルの厄介なところです。そして、悪意がないからこそ、次に述べる「責任を問えない」という壁にぶつかります。

② なぜ回収が難しいのか——責任能力の壁

設備を壊された施設は、その修繕費を本人に請求したいと考えます。しかし、ここで法的な壁が立ちはだかります。「責任能力」の問題です。民法上、自分の行為の責任を判断する能力(責任能力)を欠く状態で他人に損害を与えた場合、その本人は損害賠償の責任を負わないとされることがあります[1]。認知症が進んで判断能力を失っていると評価されれば、本人に賠償責任を問えない場合があるのです。

では、家族に請求できるのか。ここも簡単ではありません。責任能力を欠く人が損害を与えた場合、その監督義務者が責任を負うとする規定はありますが、近年の裁判例では、同居していないなどの事情のもとで家族の監督義務を限定的に解する判断も示されており、家族に当然に請求できるとは限りません[2]。つまり、悪意なきトラブルによる損害は、本人にも家族にも請求しづらく、施設が回収できないまま抱え込むことになりやすいのです。悪意がないことは道義的には救いですが、回収という実務では、かえって施設を不利にします。

③ 保険で「拾えるもの」と「拾えないもの」

回収が難しいなら、備えはどうするか。ここで登場するのが保険です。ただし、保険は万能ではありません。認知症トラブルには、保険で「拾えるもの」と「拾えないもの」があることを、まず正しく理解する必要があります。

表:認知症トラブルと保険の関係(一般的な整理)
トラブル保険での扱い(目安)
他者・他物への損害(賠償)個人賠償責任保険や施設の賠償責任保険で拾える余地がある[3]
居室・設備の破損火災保険・什器保険等で一部対応。ただし経年・故意でない等で争いも
利用料の支払い忘れ・未収賠償ではないため、賠償責任保険等では拾えない(次章)

ポイントは、保険が拾えるのは基本的に「損害賠償」の領域だということです。誰かに・何かに損害を与えた、という賠償責任の場面では、個人賠償責任保険(家族が加入しているケースも多い)などが機能する余地があります。ただし、認知症を理由に責任能力がないとされる場合の扱いや、故意・経年劣化との線引きは個別性が高く、「必ず出る」とは言えません。保険は有力な備えですが、その守備範囲を過信は禁物です。

実務的な備えとして有効なのが、入居時にご家族が加入している個人賠償責任保険の有無を確認しておくことです。個人賠償責任保険は、火災保険や自動車保険の特約として世帯単位で付いていることが多く、同居していない親の行為までカバーされるケースもあります。認知症の方が第三者や設備に損害を与えた場面で、この保険が機能する余地があります。もっとも、これはあくまで「賠償」の備えであり、次章で述べる利用料の未収はカバーしません。賠償の備えとして家族の保険を確認しつつ、支払いの備えは別に用意する——この二段構えを、入居時の段階で意識しておくことが、後々の回収不能を防ぎます。

④ 「支払い忘れ」は保険では拾えない

そして、ここが本記事の核心です。認知症による「悪意なき」トラブルのうち、利用料の支払い忘れ・未収は、賠償責任保険などでは拾えません。理由は明快で、これは「誰かに損害を与えた」という賠償の問題ではなく、「支払うべきものが支払われない」という債務の履行(支払い)の問題だからです。保険が守備範囲とするのは前者であり、後者は別の仕組みが必要になります。

認知症では、この支払いの空白がとりわけ起きやすくなります。本人が支払いを失念する、口座の管理ができなくなる、判断能力の低下で口座が事実上凍結される(口座凍結という落とし穴を参照)。いずれも悪意はありませんが、結果として利用料は止まります。お金はあるのに、支払いという行為が成立しない——この未収は、賠償保険の外側にある空白地帯です。後見人がついても支払いが保証されるわけではなく(後見の限界)、この空白は制度でも埋まりきりません。

⑤ 賠償は保険、支払いは保証——分けて備える

ここまでを整理すると、認知症の悪意なきトラブルへの備えは、リスクの性質ごとに手段を分けるのが正解だと分かります。他者・他物への損害=賠償は保険で、利用料の支払い忘れ・未収=支払いは保証で。この2つは守備範囲が異なり、どちらか一方では埋まりません(保証と保険の役割の違いは「保証」と「保険」はどう違うのかで詳しく解説しています)。

つまり、賠償リスクに賠償責任保険で備えるのと同じように、支払いリスクには利用料の保証で備えるのが理にかなっています。認知症は、悪意がないだけに、本人にも家族にも回収を求めにくく、支払いの空白を生みやすい。だからこそ、その空白を保証で埋めておくことが、施設の採算を守る現実的な一手になります。私たちLAST SOLUTIONSは、入居者様の月額利用料の保証を通じて、認知症による「悪意なき支払い忘れ」も含めた未収を、施設の損失から切り離す役割を担っています。悪意のない出来事で施設が損をしない——その仕組みを、賠償は保険、支払いは保証という組み合わせで実現できます。

⑥ まとめ

認知症による「悪意なき」トラブルは、設備破損から支払い忘れまで幅広く、本人に責任を問いにくいぶん、施設が損害を回収しづらいという難しさを抱えます。備えるうえで大切なのは、保険で拾えるもの(賠償)と拾えないもの(支払い・未収)を分けて理解することです。他者・他物への損害は賠償責任保険で、利用料の支払い忘れ・未収は利用料の保証で——リスクの性質ごとに手段を分ければ、悪意のない出来事で施設が損をする事態を避けられます。私たちLAST SOLUTIONSは、利用料の保証を通じて、認知症の悪意なき未収から施設を守るお手伝いをしています。

よくある質問(FAQ)

Q. 認知症の入居者が設備を壊した場合、施設は弁償してもらえますか。

A. 必ずしも回収できるとは限りません。認知症で判断能力(責任能力)を欠くと評価される場合、本人に不法行為の賠償責任を問えないことがあり、家族(監督義務者)の責任も限定的に解される場合があります。個人賠償責任保険などで一部カバーされることもありますが、故意でない・経年劣化と重なるなどの事情で対象外や争いになることもあります。

Q. 認知症による利用料の「支払い忘れ」は保険でカバーできますか。

A. 一般に、利用料の未払い(支払い忘れ)は賠償責任保険などの対象ではありません。これは損害賠償の問題ではなく、支払い(債務の履行)の問題だからです。支払い忘れや口座凍結による未収は、保険ではなく利用料の保証で備える領域です。

Q. 認知症のトラブルにはどう備えればよいですか。

A. リスクの性質ごとに備えを分けるのが基本です。第三者や設備への損害=賠償は保険で、利用料の支払い忘れ・未収=支払いは保証で備えます。あわせて、判断能力が低下する前の後見・代理人の準備や、契約内容の整理が有効です。

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出典・注記

  1. 民法第713条(責任無能力者の責任)。自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態で他人に損害を加えた者は、原則として賠償責任を負わないとされる(例外あり)。認知症の場合の該当性は個別の判断による。
  2. 民法第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)および関連する裁判例。監督義務者の責任の有無・範囲は、同居の有無や介護の実態等の事情により限定的に判断されることがある。
  3. 個人賠償責任保険・施設賠償責任保険等の一般的な補償内容にもとづく整理。実際の支払可否・範囲は各保険の約款・個別事情により異なります。

※本記事は一般的な考え方の整理であり、個別事案の法的責任や保険金の支払可否を保証するものではありません。具体的な対応は、弁護士・保険会社等の専門家にご確認ください。

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