COLUMN / 緊急時の対応
施設からの救急搬送、誰が付き添うのか——「その3時間」を誰が空けるか
羽田 圭佑(株式会社LAST SOLUTIONS 代表取締役)
損害保険会社の損害サービス部門で事故対応と保険金の支払査定に従事したのち、保険代理店営業として引受時のリスク審査と契約設計に携わる。執筆者について
深夜、居室から呼び出しが鳴る。駆けつけると入居者の意識がはっきりしない。救急要請をして、隊員が到着する。そして最後にこう聞かれます——「ご家族の方、同乗されますか」。夜勤の職員は二人。片方が同乗すれば、残る一人でフロア全体を見ることになります。
結論から言えば、施設職員が救急搬送に付き添うことを一般的に義務づけた法令の定めはありません。それでも現場が動くのは、「付き添い」という一語に、性質のまったく違う5つの仕事が束ねられているからです。本記事は、住宅型有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅の施設長・相談員に向けて、その5つを分解し、どこまでが施設の役割で、どこからが別の誰かの役割なのかを整理します。付き添いの長時間化は、緊急対応の問題ではなく、その後を引き受ける人がいないことの結果として起きている——というのが本記事の見立てです。
この記事の要点(3行まとめ)
- 義務:施設職員の同乗・院内待機を一般的に義務づけた法令の定めはない。根拠は契約と慣行にある。
- 正体:「付き添い」は同乗・情報伝達・待機・意思決定の橋渡し・帰りの足という5つの別作業の束[3]。
- 核心:身寄りがない入居者で長時間化するのは「その後」を引き受ける人が不在だから。緊急対応の問題ではない。
① 「その3時間」に何が起きているか
救急搬送に付き添った職員の時間は、どこへ消えているのか。順に並べると、その内訳が見えてきます。救急車への同乗、救急外来での状況説明、検査の待ち時間、医師からの説明、入院の可否判断、病棟への引き継ぎ、そして施設への帰路。ひとつひとつは短くても、待ち時間が積み上がる構造になっています。
近年の消防庁資料によれば、救急要請から医療機関に収容されるまでの所要時間は全国平均でおおむね45分前後とされています[1]。ただし現場が実感する負担はここから先です。病院に着いた時点では、まだ何も決まっていない。検査をして、診断がついて、入院するのかしないのかが決まるまで、職員はその場を離れられません。
そして入院が決まらなかった場合、もうひとつの仕事が残ります。帰りの移動です。夜間にタクシーで施設へ戻る——この最後の一区間が、実は最も語られないコストです。
② 付き添いは、施設の義務なのか
まず前提を整理します。住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅について、職員が救急車に同乗し病院で待機することを一般的に義務づけた法令の定めはありません。これらは介護保険上の特定施設ではなく、住まいと生活支援を提供する場だからです。医療機関への同行は、提供すべきサービスとして制度上位置づけられているわけではありません。
ただし、注意すべき点が二つあります。ひとつは契約です。重要事項説明書や入居契約書に「緊急時には職員が対応します」といった記載がある場合、その範囲で契約上の責任が生じ得ます[2]。曖昧な文言のまま運用していると、後から「聞いていた話と違う」という主張を招きます。
もうひとつは実務上の必要性です。救急隊も医師も、この人に何が起きたのかを知りたい。普段の様子、服薬、既往、直前の変化——それを答えられるのは、その場では施設職員しかいません。つまり施設が動いているのは義務だからではなく、情報を持っているのが施設だけだからです。ここが、次章の分解につながります。
③ 「付き添い」に束ねられた5つの仕事
「付き添い」という一語は、現場では便利ですが、議論するときには害になります。中身がまったく違う作業が混ざっているからです。分解すると次のようになります。
| 仕事 | 中身 | 施設でなければ難しいか | 所要のめやす |
|---|---|---|---|
| ① 同乗 | 救急車に同行し、搬送先で引き継ぐ | △(付き添える人がいれば代替可) | 30分〜1時間 |
| ② 情報伝達 | 状態・服薬・既往・直前の変化を伝える | ◎(施設にしかできない) | 15〜30分 |
| ③ 院内待機 | 検査・診断・入院可否が決まるまで待つ | ×(本来は施設の役割ではない) | 1〜3時間 |
| ④ 意思決定の橋渡し | 医師の説明を受け、方針の確認に関与する | ×(本人・関係者の領域) | 不定 |
| ⑤ 帰りの足 | 入院しなかった場合の帰路の確保 | △(手配は代替可) | 30分〜1時間 |
この表で注目していただきたいのは、施設でなければ担えないのは②の情報伝達だけだという点です。②は書面と電話でも成立します。にもかかわらず、現場では①〜⑤がひとつの塊として職員に降ってくる。「付き添い」という言葉が、分解を妨げているのです。
負担が重いのは③の院内待機と④の橋渡しです。そしてこの二つは、身寄りのない入居者でのみ施設に降ってきます。家族がいれば、途中で交代できるからです。付き添い問題の本質は、緊急対応そのものではなく「交代してくれる人がいない」ことにあります。
④ なぜ夜間の職員1人が、これほど重いのか
日中であれば、事務職員や管理者が代わりに動ける施設もあります。問題は夜間です。夜勤帯の職員配置は、事業所の規模によりますが決して厚くありません。ここから一人が抜けるということは、残された職員の負担が単純に倍になることを意味します。
そのあいだにも、他の入居者のコールは鳴ります。おむつ交換もある。別の急変が起きないとも限らない。付き添いに出た瞬間、施設は「もう一件の緊急に対応できない状態」に入る——このリスクこそ、施設長が最も恐れているものです。
そしてこの負担は、記録にも報酬にも残りません。介護報酬の枠外にある行為であり、時間外の手当として計上されることも多くありません。こうした「記録に残らない仕事」の構造については、介護相談員の「シャドーワーク」——記録に残らない仕事の正体や「見守り」「送迎」の名の無償労働——介護のただ働き問題でも扱っています。救急搬送の付き添いは、その中でも最も重く、最も見えにくい部類に入ります。
⑤ 搬送はどれくらい起きているのか
頻度の感覚を持っておくことも大切です。消防庁の統計では、救急搬送された人員のうち高齢者(65歳以上)が占める割合は、近年おおむね6割を超える水準で推移しています[1]。高齢化とともにこの比率は上がり続けており、搬送件数の総数自体も高い水準にあります。
施設単位に引き直せば、数十床規模の住宅型有料老人ホームで、月に複数回の救急要請が発生することは決して珍しくありません。年間に換算すれば、付き添いに費やされる時間は無視できない量になります。それが人員配置の計算に一切入っていないところに、この問題の厄介さがあります。
※搬送件数・所要時間・年齢構成の詳しいデータは、2026年9月下旬公開予定の大型記事であらためて一枚にまとめます。本記事では頻度の感覚を持つための最小限にとどめます。
⑥ 身寄りがない入居者の場合、何が変わるか
ここが本題です。家族がいる場合といない場合で、①同乗と②情報伝達は大きく変わりません。変わるのは③以降です。
家族がいれば、病院に到着したあと家族が合流し、職員は施設へ戻れます。医師の説明を受けるのも、入院手続きを進めるのも、入院費を支払うのも家族です。職員の付き添いは「引き継ぐまでの時間」で終わる。ところが引き継ぐ相手がいなければ、終わりが来ません。入院するのかしないのか、誰が同意するのか、費用はどうなるのか——決まらないものが積み上がったまま、職員はその場に立ち続けることになります。
この構造は、入院そのものの場面でも、手術の同意という場面でも共通しています。詳しくは「入院してください」と言われたとき、身元引受人がいない入居者はどうなるのか、および手術の同意書に、家族以外はサインできるのかをあわせてお読みください。いずれの記事でも共通するのは、止まるのは「保証人の有無」ではなく、役割の空白だという点です。
⑦ 現場でできる分解と備え
すぐに取り組めることが三つあります。
第一に、②の情報伝達を紙にしておくこと。既往歴・服薬・かかりつけ医・直近の状態変化・本人の意思に関する記録を1枚にまとめ、居室の決まった場所に置く。これがあれば、同乗した職員が長時間拘束されなくても、必要な情報は病院に届きます。多くの自治体や消防本部が同趣旨の様式を配布しており、それを使うのが早道です。
第二に、③④の担い手を入居前に確認しておくこと。遠方の親族、旧知の知人、担当ケアマネジャー、成年後見人——それぞれ担える範囲は違います。「誰もいない」ことが分かっているだけでも、当日の判断は変わります。
第三に、契約書と重要事項説明書の緊急時条項を見直すこと。「緊急時は適切に対応します」といった包括的な文言は、実務では何も決めていないのと同じです[2]。同乗するのか、待機するのか、費用は誰が負担するのか。書けることを具体的に書き、書けないことは「行いません」と明示しておく方が、結果的に施設と入居者の双方を守ります。
⑧ まとめ——長引くのは「その後」がないから
救急搬送の付き添いは、施設の義務ではありません。それでも現場が3時間を空けざるを得ないのは、緊急対応そのものが重いからではなく、引き継ぐ相手がいないからです。付き添いという言葉を分解し、施設にしかできない仕事とそうでない仕事を分けたとき、この問題が「緊急の話」ではなく「その後を誰が引き受けるかの話」であることが見えてきます。
だからこそ、施設が受け入れをためらう理由の第一位に「緊急時に誰も動けないこと」が挙がるのは、当然の反応だと考えています。決して施設が冷たいわけではありません。夜勤帯にもう一人を割けない現実が、受け入れの判断を縛っているのです。
当社は救急搬送への同行や駆けつけを行う事業者ではありません。担っているのは、受け入れ判断を縛るもうひとつの要素——利用料の支払いリスクを、施設の損失から切り離すことです。緊急の負担がゼロにならないとしても、金銭の不安まで同時に背負う必要はない。そう考えて設計しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 介護施設に救急搬送の付き添い義務はありますか。
A. 住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅について、職員が救急車に同乗し病院で待機することを一般的に義務づけた法令の定めはありません。ただし入居契約や重要事項説明書に緊急時の対応として記載している場合は、その範囲で契約上の責任が生じます。実務上は、入居者の状態を説明できる人が必要という理由から、事実上施設が担っている施設が多いのが実情です。
Q. 付き添いにはどのくらいの時間がかかりますか。
A. 個別差が大きく一概には言えませんが、救急要請から病院到着までに加え、救急外来での検査・診断・入院可否の判断、病棟への引き継ぎまでを含めると、数時間に及ぶことは珍しくありません。近年の消防庁資料では、救急要請から医療機関に収容されるまでの所要時間は全国平均でおおむね45分前後とされており、これは病院に着くまでの時間です。現場の負担はその先に積み上がります。
Q. 身寄りのない入居者の場合、何が変わりますか。
A. 同乗と情報提供までは家族がいる場合と大きく変わりません。変わるのは、入院の意思決定に関与する人、入院費の支払いを担う人、退院先を調整する人が不在になる点です。この空白があるために、施設職員が「帰れない」状態に置かれます。付き添いの長時間化は、緊急対応の問題というより、その後を引き受ける人がいないことの結果として起きています。
※ 当社が担うのは月額利用料の保証です。緊急対応・死後事務は提携先のご案内となります(よくあるご質問をご覧ください)。
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出典・注記
- 総務省消防庁「救急・救助の現況」における、救急要請から医療機関収容までの所要時間および搬送人員の年齢構成に関する一般的な整理。数値は年度により変動します。
- 有料老人ホーム設置運営標準指導指針および関係通知にもとづく、重要事項説明書・入居契約書の記載事項に関する一般的な整理。
- 救急搬送時に発生する業務の分解は、現場実務に関する一般的な整理にもとづき当社が作成したものです。所要時間は個別事情により大きく異なります。
※本記事は制度と現場実務に関する一般的な整理であり、個別の対応の可否を保証するものではありません。当社は、救急搬送への同行・付き添い、緊急時の駆けつけ、入院手続きの代行、医療同意の代行を行うものではありません。個別の判断は、医療機関・弁護士等の専門家にご確認ください。