COLUMN / 施設経営
介護施設の人手不足は「採用」では解決しない——離職の本当の原因
羽田 圭佑(株式会社LAST SOLUTIONS 代表取締役)
損害保険会社の損害サービス部門で事故対応と保険金の支払査定に従事したのち、保険代理店営業として引受時のリスク審査と契約設計に携わる。執筆者について
「人が足りない。だから採用を増やす」——介護施設の人手不足に対して、多くの現場がまずこう動きます。求人広告を出し、紹介会社に依頼し、面接に時間を割く。ところが、いくら採用しても現場の逼迫は一向に和らがない。それどころか、採ったそばから人が辞めていく。この徒労感には、はっきりした理由があります。
結論から言えば、介護の人手不足は「採用(入口)」の問題である以上に「離職(出口)」の問題であり、出口をふさがないまま入口を広げても、水は溜まりません。本記事は、住宅型有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅の運営者に向けて、人手不足の実態を数字で押さえたうえで、離職の本当の原因、そして「記録に残らない仕事」が現場をすり減らす構造を整理し、採用より定着に軸足を移す発想を提示します。
① 「採用すれば解決」という誤解
人手不足を「頭数の不足」と捉えると、対策は自然と「頭数を増やす=採用」に向かいます。しかし、これはバケツに開いた穴をふさがないまま、上から水を注ぎ続けるようなものです。注ぐ量(採用)を増やしても、穴(離職)から漏れる量が多ければ、水位(人員)は上がりません。それどころか、注ぎ続けるためのコスト——求人費、紹介手数料、面接や教育にかかる時間——だけが際限なくかさんでいきます。
しかも、新しく採った人が一人前になるには時間がかかります。その育成を担うのは既存の職員です。つまり、離職で人が抜け、採用で新人が入るたびに、残った職員の教育負担が増える。これが、採用を頑張るほど現場が疲れるという逆説の正体です。穴をふさがない採用は、解決どころか、現場の消耗を加速させることすらあります。
② 数字で見る——入口より出口の問題
介護分野の求人が厳しいのは事実です。介護関係職種の有効求人倍率は全産業平均を大きく上回る水準で推移しており、募集しても応募が集まりにくい状況が続いています[1]。国の推計でも、高齢化の進行にともない、必要となる介護職員数は今後さらに増えると見込まれています[2]。入口が狭いことは間違いありません。
しかし、より本質的なのは出口です。各種の実態調査では、介護職員の離職理由として「職場の人間関係」「法人・事業所の運営方針への不満」「収入の少なさ」などが繰り返し上位に挙がってきました[3]。注目すべきは、これらの多くが「介護という仕事そのもの」ではなく、「職場の環境・運営」に起因している点です。仕事内容そのものより、その周辺——人間関係や運営のあり方——で人は辞めていく。裏を返せば、ここは施設側の工夫で改善できる余地が大きい領域だということでもあります。
離職がとりわけ痛いのは、その一人が抜けることで生じるコストが、目に見える求人費だけにとどまらないからです。採用と教育にかけた投資が回収されないまま失われ、引き継ぎや欠員カバーで周囲の負担が増し、蓄積された経験やご入居者との関係性まで一緒に失われます。とくに入職して間もない時期の早期離職は、育成コストがほぼ丸ごと無駄になるため、ダメージが大きくなりがちです。こうした「見えにくい離職コスト」を勘定に入れると、同じ労力なら採用より定着に投じたほうが割に合う、という判断が自然に導かれます。
③ 離職の本当の原因3つ
調査データと現場の声を重ねると、離職の背景は大きく3つに整理できます。
| 要因 | 中身 | 施設が打てる手の方向 |
|---|---|---|
| ①人間関係 | チーム内の軋轢、相談しにくさ、孤立 | 関係の質を上げる仕組み(対話・役割の明確化) |
| ②運営方針への不満 | 現場感覚と経営判断のズレ、納得感のなさ | 意思決定の透明化、現場の声を反映する経路 |
| ③報われなさ | 労力に見合わない評価・処遇、見えない仕事の多さ | 負担の可視化と軽減、評価される仕事の設計 |
このうち①②は、対話や情報共有といった「関係とコミュニケーション」の設計で改善が図れます。②の運営方針への不満は、経営判断そのものより、その判断が現場に伝わる過程でこじれることが少なくありません。なぜその方針なのかが共有されず、決定だけが降りてくると、現場は「わかってもらえない」と感じます。逆に、決定の背景や現場の声を反映する経路があれば、同じ方針でも納得感は大きく変わります。そして見落とされやすいのが③の「報われなさ」です。給与水準の話だと捉えられがちですが、実際にはそれだけではありません。やってもやっても評価に結びつかない、記録にすら残らない仕事が積み重なる——この徒労感が、静かに人を職場から遠ざけます。次章で、この「見えない仕事」を掘り下げます。
④ 「見えない仕事」が現場をすり減らす
介護の現場には、業務分掌表にもケア記録にも表れない仕事が数多くあります。ご家族への気遣いの連絡、他職種との細かな調整、そして——利用料が滞ったときの督促や、お金にまつわる相談への対応。これらは「誰かがやらねばならないが、誰の担当とも決まっていない」仕事として、気づいた人・断れない人のところへ流れ込みます(介護相談員のシャドーワークを参照)。
やっかいなのは、こうした仕事が評価されにくいのに、精神的な負担は大きいことです。とりわけ金銭の督促は、相手との関係を損なう緊張をともない、ケアの専門性とはかけ離れた気疲れを生みます。本来は入居者に向けたいはずの時間と気力が、記録に残らない後ろ向きの業務に吸い取られていく。「これは自分がやるべき仕事なのだろうか」という問いが積もったとき、人は静かに現場を去ります。人手不足の一因は、この見えない負担の総量にあるのです。
さらに問題なのは、こうした見えない仕事が特定の人に偏って集まることです。気配りのできる相談員、責任感の強いベテラン、断るのが苦手な人——放っておくと、負担は「気づいてしまう人」「引き受けてしまう人」のところへ吸い寄せられます。その結果、施設にとって最も辞めてほしくない中核人材ほど疲弊しやすい、という皮肉な事態が起こります。見えない仕事を放置することは、単に負担が重いというだけでなく、組織の要となる人から先に消耗させるリスクをはらんでいるのです。
⑤ 定着の発想——負担の総量を減らす
ここまでを踏まえると、人手不足への向き合い方は「頭数を増やす」から「一人あたりの負担の総量を減らし、辞めない職場をつくる」へと転換すべきだと分かります。定着は、採用の何倍もの効果を持ちます。辞めなければ採用は要らず、育成負担も生じず、経験の蓄積がケアの質を押し上げるからです。定着は最良の採用戦略でもあります。
とはいえ、人間関係や運営方針の改善は一朝一夕にはいきません。だからこそ、まず着手すべきは「減らせる負担から確実に減らす」という取り組みやすい一手です。研修や評価制度の刷新は時間がかかりますが、現場が抱えている専門外の雑多な仕事を洗い出し、外部に委ねられるものを切り離すのは、比較的すぐに効果が出ます。定着施策は、大きな制度改革から入るより、現場の「これは私の仕事だろうか」という負担を一つずつ外していくほうが、着実で長続きします。
その現実的な一手が、「本来その職種がやらなくてよい仕事」を現場から切り離すことです。とりわけ、金銭の督促や未収対応のような専門外の負担は、外部の仕組みに委ねることで現場から外せます。私たちLAST SOLUTIONSは、入居者様の月額利用料の保証を通じて、督促・回収という「見えない仕事」を施設に代わって引き受けています。これは未収対策であると同時に、相談員や事務が本来の仕事に集中できる環境をつくる、定着支援の一面も持っています。負担の総量を減らすことは、未収も離職も同時に和らげる——一石二鳥の打ち手なのです(施設の採算面への影響は介護事業者の倒産もご参照ください)。
そして定着は、経営の選択肢そのものを広げます。職員が辞めない施設は、教育が回り、経験が積み上がり、現場に余力が生まれます。その余力は、支払いに不安のある方や身寄りのない方など、手のかかる入居の受け入れを可能にする土台になります。人手不足を採用で追いかけている施設ほど、現場に余裕がなく「これ以上は受けられない」となりがちです。定着は、単なる人事課題ではなく、受け入れ幅と収益力に直結する経営課題だと捉え直すことが、人手不足という難題を解く出発点になります。
⑥ まとめ
介護施設の人手不足は、採用という入口だけでは解決しません。離職という出口をふさがなければ、採るほどに現場は消耗します。離職の背景にあるのは、仕事そのものより「人間関係・運営方針・報われなさ」——施設側の工夫で改善できる領域です。とりわけ、記録に残らない「見えない仕事」の負担は、静かに人を辞めさせます。だからこそ、頭数を増やす前に、一人あたりの負担の総量を減らし、辞めない職場をつくること。専門外の督促・未収対応のような負担を外部の仕組みに委ねることは、その有効な一手です。私たちLAST SOLUTIONSは、利用料の保証を通じて現場の「見えない仕事」を引き受け、未収対策と職員の定着支援の両面から、施設運営を支えています。
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出典
- 介護関係職種の有効求人倍率に関する公表統計(厚生労働省・職業安定業務統計等)。全産業平均を上回る水準で推移している点にもとづく。最新の数値は各年の公表値をご確認ください。
- 介護職員の必要数に関する国(厚生労働省)の将来推計。高齢化の進行にともない必要数が増加する見込みを示す。
- 介護職員の離職理由に関する各種実態調査(介護労働安定センター「介護労働実態調査」等)。「職場の人間関係」「運営方針への不満」「収入」などが上位に挙がる傾向にもとづく一般的整理。
※本記事は一般的な傾向の整理であり、個別の施設の状況を示すものではありません。統計の数値・定義は調査年・出典により異なります。