COLUMN / 市場データ・将来推計
【データ】高齢者の「支払い能力」はどこまで持つか——年金と介護費の収支
羽田 圭佑(株式会社LAST SOLUTIONS 代表取締役)
損害保険会社の損害サービス部門で事故対応と保険金の支払査定に従事したのち、保険代理店営業として引受時のリスク審査と契約設計に携わる。執筆者について
「年金があるから、施設の支払いは大丈夫」——入居審査の場で、そう判断されることは少なくありません。しかし、その年金は月にいくらで、施設の費用は月にいくらかかるのか。両者を数字で突き合わせると、多くのケースで毎月の収支が赤字になり、その差を貯蓄で埋めている実態が見えてきます。そして貯蓄には限りがあります。
結論から言えば、高齢者の支払い能力は「入居時点で足りているか」ではなく、「毎月の赤字を、貯蓄が何年支えられるか」で見るべきものです。本記事は、住宅型有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅の運営者に向けて、収入(年金)と支出(施設費・介護費)のデータを整理し、支払い能力がどこまで持つかを貯蓄取り崩しの試算で可視化します。数字はいずれも公表統計にもとづく目安であり、最新値・個別値は一次資料でご確認ください。
この記事の要点(3行まとめ)
- 収入:老齢厚生年金は月およそ14〜15万円、基礎年金のみだと月5〜6万円が目安。
- 支出:住宅型有料老人ホームは総額で月およそ15〜25万円。多くのケースで年金だけでは不足。
- 継続性:不足分は貯蓄で補填 → 入居時OKでも数年で枯渇し得る。見るべきは残高でなく「何年持つか」。
① 収入:年金は月いくらか(データ)
まず収入側です。高齢者の主な収入は公的年金です。公表統計にもとづく平均的な受給額の目安は、次のとおりです[1]。
| 区分 | 月額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 老齢厚生年金(平均) | 約14〜15万円 | 男女差が大きい(女性は低めの傾向)。基礎年金分を含む |
| 老齢基礎年金(平均) | 約5〜6万円 | 自営業・専業主婦など。満額でも月7万円弱程度 |
| 夫婦・モデル世帯 | 約22〜23万円 | 厚生年金+基礎年金の合算モデル |
| 単身・基礎のみ | 約5〜6万円 | 施設費用には大きく不足しやすい |
ここで重要なのは、「年金」とひとくくりにできないほど、受給額に幅があることです。会社員として長く働いた人の厚生年金と、基礎年金のみの人とでは、月に10万円近い差が出ます。とりわけ、配偶者に先立たれた単身の女性などでは受給額が低くなりやすく、施設費用との差が開きやすい構造があります。審査で「年金がある」とだけ捉えるのは、この幅を見落とすことになります。
② 支出:施設費と介護・医療費(データ)
次に支出側です。住宅型有料老人ホームでかかる費用は、月額利用料(家賃・管理費・食費など)だけではありません。介護保険の自己負担、医療費、日用品費が上乗せされます。目安を整理します[2]。
| 費目 | 月額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 家賃・管理費・食費 | 約13〜20万円 | 地域・施設で差が大きい(都市部は高い) |
| 介護保険の自己負担 | 約1〜3万円〜 | 要介護度・所得に応じた1〜3割負担。度が上がると増 |
| 医療費・日用品ほか | 約1〜3万円 | 加齢とともに増える傾向 |
| 月額の総額(目安) | 約15〜25万円 | 要介護度が上がるほど上振れしやすい |
表1と表2を突き合わせると、構図が見えてきます。厚生年金(月14〜15万円)でも施設総額(月15〜25万円)に届かないことが多く、基礎年金のみ(月5〜6万円)では大きく不足します。つまり、多くの入居者は「年金+貯蓄の取り崩し」で生活を成り立たせているのが実態です。生活保護を利用するケースの整理は生活保護と入居もご参照ください。
③ 収支シミュレーション:貯蓄は何年持つか
では、毎月の赤字を貯蓄で埋める場合、その貯蓄は何年持つのでしょうか。「月の赤字額」と「貯蓄額」から、枯渇までのおおよその年数を試算したのが次の表です(あくまで単純化した試算です)。
| 月の赤字 | 貯蓄300万円 | 貯蓄500万円 | 貯蓄1,000万円 |
|---|---|---|---|
| ▲3万円/月 | 約8年 | 約14年 | 約28年 |
| ▲5万円/月 | 約5年 | 約8年 | 約17年 |
| ▲8万円/月 | 約3年 | 約5年 | 約10年 |
| ▲10万円/月 | 約2.5年 | 約4年 | 約8年 |
この表が示すのは、「入居時に貯蓄があっても、赤字が大きければ数年で尽きる」という現実です。たとえば、基礎年金のみ(月6万円)で施設総額16万円なら、月の赤字は10万円。貯蓄500万円でも約4年で底をつく計算になります。入居期間が平均的な在所年数を超えて長引けば、支払い能力は入居後半で崩れる可能性が高いのです。入居時点の「残高」ではなく、赤字と貯蓄から導かれる「持続年数」こそが、本当の支払い能力だと分かります。
この試算を、実際の入居期間と重ねると深刻さが増します。住宅型有料老人ホームの入居は、数年から10年以上に及ぶことも珍しくありません。仮に持続年数が「4〜5年」と出るケースは、平均的な在所期間の途中で貯蓄が底をつく可能性が高いということです。つまり、赤字幅の大きい入居者ほど、「入居して数年は問題なく支払われ、ある時期を境に突然滞る」という時限式のリスクを内包しています。審査時に赤字が小さく見えても、在所が長引けば安全とは限らない——この時間の要素を、試算は可視化してくれます。
④ 支払い能力は「時間とともに目減りする」
さらに事態を難しくするのが、支出が固定ではなく、時間とともに増えていく点です。加齢で要介護度が上がれば介護保険の自己負担が増え、医療費も膨らみます。つまり、月の赤字は年々拡大しやすく、表3の試算より早く貯蓄が尽きることも珍しくありません。
加えて、認知症が進むと別の問題も生じます。判断能力の低下によって本人の口座が事実上動かせなくなり、お金はあるのに引き出せないという事態です(口座凍結という落とし穴を参照)。これは「貯蓄はまだあるのに支払いが止まる」という、残高だけを見ていては予測できない未収の引き金になります。支払い能力は、金額の問題であると同時に、「その資産を、必要なときに実際に支払いに回せるか」という実行可能性の問題でもあるのです。
⑤ 施設・家族はどう見るべきか
ここまでのデータから導かれる実務的な結論は明確です。施設の入居審査で見るべきは、入居時点の年金額や貯蓄残高という「点」ではなく、赤字・貯蓄・要介護度の見通しから描かれる支払いの「線(継続性)」です。同じ「貯蓄500万円」でも、月の赤字が3万円か10万円かで、持続年数は14年と4年に分かれます。この差を見ずに「貯蓄がある=安心」とするのは危険です。
これを審査の実務に落とすなら、確認すべきは3点に集約できます。第一に月の収支(年金−施設総額)——赤字はいくらか。第二にその赤字を埋める原資と、そこから導かれる持続年数——貯蓄や資産で何年もつか。第三にその原資を実際に支払いに回せるか——名義や管理の面で引き出せる状態か。この3点を「人物の印象」ではなく数字で押さえるだけで、審査の精度は大きく変わります。人柄や家族の存在は安心材料に見えても、収支の構造そのものを変えるわけではないからです。
とはいえ、将来の要介護度や医療費、在所年数を入居時に正確に見通すことは誰にもできません。だからこそ、審査で継続性をできる範囲で見極めつつ、それでも避けられない「途中で支払い能力が尽きるリスク」は、別の仕組みで受け止めるのが現実的です(予防設計の考え方はこちら)。私たちLAST SOLUTIONSは、入居者様の月額利用料の保証を通じて、この「時間とともに目減りする支払い能力」が生む未収リスクを、施設の損失から切り離す役割を担っています。データが示す構造的な赤字を、施設が一手に抱え込まずに済むようにするためです。
⑥ まとめ
高齢者の年金は、老齢厚生年金でも月14〜15万円、基礎年金のみなら月5〜6万円が目安で、住宅型有料老人ホームの総額(月15〜25万円)に届かないことが少なくありません。不足分は貯蓄で埋められますが、月の赤字が大きければ数年で尽き、要介護度の上昇や口座凍結でさらに前倒しされます。したがって、支払い能力は入居時の残高ではなく「何年持つか」という継続性で見るべきです。そして、見通しきれないリスクは保証で受け止めるのが確実です。私たちLAST SOLUTIONSは、利用料の保証を通じて、データが示す構造的な収支ギャップから生じる未収を、施設の損失から切り離すお手伝いをしています。
よくある質問(FAQ)
Q. 高齢者の年金は月にいくらくらいですか。
A. 公表統計によると、老齢厚生年金の平均は月およそ14〜15万円(男女差が大きく、女性は低め)、老齢基礎年金(国民年金)の平均は月およそ5〜6万円が目安です。単身で基礎年金のみの場合、月5〜6万円程度にとどまることもあります。金額は個人差が大きく、最新値は各年の公表統計をご確認ください。
Q. 住宅型有料老人ホームの費用は月にいくらかかりますか。
A. 地域や施設で差が大きいものの、家賃・管理費・食費で月およそ13〜20万円、これに介護保険の自己負担、医療費、日用品などが加わり、総額で月およそ15〜25万円がひとつの目安です。要介護度が上がると介護・医療の支出は増える傾向があります。
Q. 入居時に支払い能力があれば安心ですか。
A. 必ずしも安心とはいえません。年金だけで施設費用をまかなえない場合、毎月の赤字を貯蓄で埋めることになり、年数が経つほど貯蓄は目減りします。入居時点の残高ではなく、赤字額と貯蓄から「何年持つか」という継続性で見ることが重要です。
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出典・注記
- 公的年金の受給額は、厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」等の公表統計にもとづくおおよその目安。金額は個人の加入歴・改定により変動し、男女・世帯類型による差が大きい。最新値は各年の公表資料をご確認ください。
- 施設費用は、住宅型有料老人ホームの一般的な費用水準に関する概算。地域・施設・要介護度・所得により大きく異なります。介護保険の自己負担割合は所得等に応じて1〜3割。
※本記事の数値はいずれも公表統計等にもとづく「目安」であり、特定の個人・施設に当てはまることを保証するものではありません。表3の年数は「貯蓄額÷年間赤字」で単純計算した試算で、物価変動・資産運用・一時金等は考慮していません。実際の収支は個別にご確認ください。