COLUMN / 業界構造・問題提起
「見守り」「送迎」の名の無償労働——介護のただ働き問題
羽田 圭佑(株式会社LAST SOLUTIONS 代表取締役)
損害保険会社の損害サービス部門で事故対応と保険金の支払査定に従事したのち、保険代理店営業として引受時のリスク審査と契約設計に携わる。執筆者について
「ちょっと見ておいてね」「ついでに送ってあげて」——介護の現場で日常的に交わされる言葉です。転倒しないように目を配る見守り、通院や外出への付き添い、行事の送り迎え。どれも入居者にとって欠かせないケアです。ところが、これらの多くは介護報酬という対価に結びつきにくい「ただ働き」として、現場に静かに積み上がっています。
結論から言えば、介護報酬が主に「行為」単位で算定される構造の隙間で、見守り・付き添い・待機・気配りといった労働が無償化され、その負担が事業者・職員・家族に押し付けられています。本記事は、住宅型有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅の運営者に向けて、「見守り」「送迎」を入り口に、なぜ介護に無償労働が生まれるのか、誰がそのツケを払っているのか、そしてそれが「やりがい」でどう正当化されてしまうのかを、構造から解き明かします。
この記事の要点(3行まとめ)
- 正体:介護報酬は「行為」単位で算定 → 行為の間の見守り・待機・付き添いは報酬に乗らず無償化される。
- ツケ:その隙間を事業者の持ち出し・職員の無償労働・家族の負担が埋めている。
- 危うさ:「やりがい」で正当化され放置されがち。まず報酬に乗らない業務を外部化して現場から外すのが一手。
① 「見守り」「送迎」——報酬に乗らない労働
まず、どんな労働が「ただ働き」になりやすいのかを具体的に見ます。代表格が「見守り」です。転倒や事故を防ぐために目を配り続ける行為は、実際には常に神経を使う重い労働ですが、明確な身体介護の一行為として算定するのは難しく、「やっていて当然」の付随業務として扱われがちです。
「送迎」や「付き添い」も同様の性格を持ちます。行事の送り迎え、買い物や通院への付き添い——一定の評価がなされる場面もありますが、制度の対象外や自費のグレーゾーンに落ち、実質的に無償で担われることが少なくありません[1]。これらに共通するのは、「ケアとケアの合間」や「サービスに付随する周辺」に位置し、はっきりした行為として切り出しにくいという点です。だからこそ報酬の枠から漏れ、しかし現場では確実に発生し続けるのです。
とりわけ住宅型有料老人ホームでは、この傾向が広がりやすい面があります。「住まい+生活支援」を掲げる以上、日々の細々とした頼まれごと——ちょっとした買い物、家族への連絡、行政書類の手伝い、体調がすぐれないときの見守り——が「生活支援」の名のもとに次々と舞い込みます。その一つひとつは断りにくく、しかし多くは明確な対価に結びつきません。「それくらいやってあげて」の積み重ねが、いつのまにか職員の一日を埋めていく。見た目には穏やかな日常業務のなかに、無償労働は溶け込んでいるのです。
② なぜ無償労働が生まれるのか
無償労働が生まれる根本には、介護報酬の設計思想があります。介護保険の報酬は、基本的に「どの行為を、どれだけ提供したか」という“行為”単位で算定されます。身体介護を何分、生活援助を何回——こうした行為の積み上げが報酬になります。合理的な仕組みですが、裏を返せば、「行為」として切り出せない労働は、どれだけ実在しても報酬に反映されにくいということです。
見守りや待機、気配りは、まさにこの「行為の間」にある労働です。入居者が安全に過ごせるよう常に気を張っている時間、次の介助まで様子をうかがっている時間——それらは介護の質を支える中核であるのに、行為として計上できないために対価がつきません。現場でいちばん大切な「気を配る」という営みが、報酬体系ではいちばん見えにくい。この構造的なミスマッチが、無償労働の温床です。しかも、その隙間は誰かが埋めなければ入居者の安全が保てないため、必ず現場の誰かが負担することになります。
③ 誰がそのツケを払っているのか
報酬に乗らない労働は消えてなくなるわけではありません。必ず誰かがそのツケを払っています。負担の担い手は、大きく3者に分かれます。
| 担い手 | どう負担するか | その先に起きること |
|---|---|---|
| 事業者 | 報酬にならない労働を持ち出しで提供する | 採算が圧迫され、経営が細る(倒産の一因) |
| 職員 | サービス残業的に、無償で気配り・対応を担う | 疲弊・離職につながる(離職の原因) |
| 家族 | 制度外の部分を家族の労力・自費で埋める | 家族の負担増、トラブルの火種に |
この3者のうち、最も見えにくく、最も深刻なのが職員の負担です。無償労働は勤務記録にも報酬にも表れないため、「頑張っている」ことが数字で見えず、評価もされないまま積み上がります。これは、記録に残らない仕事が特定の人に集まる「シャドーワーク」の問題と地続きです(シャドーワークを参照)。ツケの多くは、結局のところ現場の職員一人ひとりの心身が払っているのです。
④ 「やりがい」で正当化される危うさ
ここで、この問題を厄介にしている“正当化の論理”に触れておかなければなりません。それは、「介護はやりがいのある仕事だから」「困っている人のためだから」という善意で、無償労働が当たり前のものとして受け入れられてしまうことです。これは、しばしば「やりがい搾取」と呼ばれます。
やりがいそのものは尊いものです。しかし、やりがいを理由に「対価のない労働は仕方ない」とされてしまうと、構造の問題が個人の心がけの問題にすり替えられます。「気持ちがあれば無償でもやれるはず」という空気は、声を上げにくくし、負担を固定化させます。本来は「報酬設計の隙間」という構造の話であるべきものが、「あなたの頑張り次第」という個人の話に矮小化される——ここに、無償労働がいつまでも解消されない最大の理由があります。やりがいは、無償労働を正当化する道具にされてはならないのです。問題を個人の美談で覆い隠さず、構造として扱うことが、解決の出発点になります。
放置を助長するもう一つの要因が、無償労働の「見えなさ」です。報酬に乗らない労働は、勤務記録にも売上にも表れません。数字に出ないため、経営側からは「そこに負担が存在すること」自体が把握されにくく、対策の俎上にすら載りません。見えないものは、管理されず、改善もされない——これは経営の鉄則の裏返しです。だからこそ、まずは「どんな無償労働が、どれだけ発生しているか」を意識的に洗い出し、見える化することが第一歩になります。見えて初めて、外せるかどうかを判断できるようになるのです。
⑤ 無償労働を1つずつ外す——督促という典型
では、現場はどうすればよいのか。介護報酬の設計そのものを一施設で変えることはできません。しかし、報酬に乗らない業務を洗い出し、外部に委ねられるものから1つずつ切り離すことはできます。無償労働をゼロにはできなくても、総量を減らすことは可能です。
その典型例が、利用料の督促です。金銭の督促は、介護報酬とはまったく無関係な、しかし「誰かがやらねばならない」無償労働の代表格です。しかも相手との関係を損なう緊張をともない、ケアの専門性ともかけ離れた、精神的に重い業務です(未収対応の負担は未収金ガイドを参照)。この督促という無償労働は、外部の仕組みに移すことで、現場からまるごと外せます。私たちLAST SOLUTIONSは、入居者様の月額利用料の保証を通じて、督促・回収という「報酬にならない仕事」を施設に代わって引き受けています。無償労働を1つ外すことは、職員の心身を守り、離職を防ぎ、現場がケアという本来の仕事に集中できる環境をつくることにつながります。すべては変えられなくても、外せるものから外していく——その積み重ねが、ただ働きの構造に風穴を開けます。
⑥ まとめ
「見守り」「送迎」に代表される介護の無償労働は、介護報酬が「行為」単位で算定される構造の隙間から生まれます。その隙間は消えず、事業者の持ち出し・職員の無償労働・家族の負担として誰かが埋め続けています。そして「やりがい」という善意が、この構造問題を個人の心がけの問題にすり替え、解消を妨げてきました。報酬設計を一施設で変えることはできませんが、督促のような報酬に乗らない業務を外部化し、無償労働を1つずつ外すことはできます。私たちLAST SOLUTIONSは、利用料の保証を通じて督促という無償労働を引き受け、現場がケアに集中できる環境づくりを支えています。
よくある質問(FAQ)
Q. 介護の「無償労働」とは何ですか。
A. 介護報酬として算定されない、あるいは自費・持ち出しで担われる労働のことです。常時の見守り、通院の付き添い、行為と行為の間の待機や気配り、家族対応などが典型で、実際には多大な労力を要するのに対価に結びつきにくい業務を指します。
Q. なぜ介護に無償労働が生まれるのですか。
A. 介護報酬が主に「行為」単位で算定されるため、行為と行為の間にある見守り・待機・気配りといった時間や、制度の対象外とされやすい付随業務が、報酬の枠から漏れてしまうからです。その隙間を、事業者の持ち出し・職員の無償労働・家族の負担が埋めています。
Q. 無償労働を減らすにはどうすればよいですか。
A. 「やりがい」で正当化して放置せず、報酬に乗らない業務を洗い出し、外部に委ねられるものから切り離すことが有効です。たとえば利用料の督促のような専門外の無償労働は、利用料の保証などの外部の仕組みに移すことで現場から外せます。
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出典・注記
- 介護保険サービスにおける給付対象の範囲(訪問介護の生活援助・身体介護の区分、通院等乗降介助や院内介助の取扱い等)は、制度・自治体の運用・個別ケースにより異なります。本記事は「報酬に乗りにくい労働が現場に存在する」という一般的な構造を述べたもので、個別の算定可否を示すものではありません。
※本記事は介護現場の労働構造に関する一般的な論考です。具体的な介護報酬の算定・請求の可否は、制度の最新の一次資料および所管・専門家にご確認ください。